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「あおもり歴史トリビア」第638号(令和7年2月7日配信)

「あおもり歴史トリビア」第638号(令和7年2月7日配信)

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〈青森市メールマガジン〉
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こんにちは。歴史資料室の村上です。

現在、青森県近代文学館において企画展「あおもりの校歌」が開催されています。この企画展は青森にゆかりのある作家や著名な作家が作詞した校歌を取り上げ、歌詞に込めた思いや学校との結びつきがわかる資料を紹介するものです。歴史資料室が所蔵する佃小学校、旧野沢小学校、沖館中学校、青森県師範学校の校歌に関する資料も展示されておりますので、ぜひご覧いただければと思います。展示期間は3月23日(日曜日)までの予定です。

さて、現在ではほとんどの学校にある校歌ですが、「学制」が公布され全国各地で学校の設置が進められた明治初期には、校歌を作るという慣行はありませんでした。校歌が作られるようになったのは明治20年代からとみられ、青森県内では八戸市立長者小学校の校歌(明治35年〈1902〉制定)が最古といわれています。では、青森市内で最も古い校歌はどの学校の校歌なのでしょうか。

市内の小学校の校歌について記念誌などで調べてみると、現在歌われている校歌の中に、明治時代に作られたとみられる校歌は3曲ありました。それは荒川小学校、浦町小学校、筒井小学校の校歌です。いずれも制定年月日は不明で、荒川小学校と筒井小学校の校歌は卒業生の証言などから明治40年代に作られたと推測されています。

一方、浦町小学校(旧青森高等小学校)の校歌については、大正元年(1912)9月21日付の『官報』と同年9月28日付の『東奥日報』に校歌の認可に関する記述があります。当時は小学校で歌う歌曲に制限があり、各学校が作った校歌を校内で歌う場合には文部省の認可を受ける必要がありました。『官報』には「青森高等小学校々歌」を「青森市立青森高等小学校用唱歌」として認可したことが記されており、『東奥日報』には「まなびの林わけいりて」という言葉で始まる歌詞(作詞:芦田恵之助)が掲載されています。「学び」がひらがなで書かれるなど表記に違いはみられますが、現在歌われている校歌の歌詞です。このことから、青森高等小学校の校歌は大正元年9月より前に作られ、文部省の審査を受けていたとみられます。

※今回の内容は八戸市立長者小学校ホームページ、『百周年記念誌』(荒川小学校創立百周年記念事業協賛会 1974年)、『創立百周年記念誌「うらまち」』(青森市立浦町小学校創立百周年記念事業協賛会 1987年)、『創立百二十周年記念誌「つつい」』(筒井小学校創立百二十周年記念実行委員会 1995年)を参考にしています。


《問合せ》
青森市民図書館 歴史資料室
青森市新町一丁目3番7号
TEL:017-732-5271
電子メール: rekishi-shiryo@city.aomori.aomori.jp

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  • 登録日 : 2025/02/07
  • 掲載日 : 2025/02/07
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